尾燈去ル

生きるための記録。

時は流れて

ふと、久しぶりにこの私的なブログの存在を思い出した。

 

ずっと忘れていたということは(時々アプリでアクセス解析をながめたりはしていたけれど)、それだけ現実に没入していたという事だ。今を生きていたという事だ、と信じる。

実際そう信じられるだけの出会いと思い出と人生の転機があった。

 

記す行為は今だが、紡ぐ記録は過去だ。

記録を見て思い出す行為は今だが、紡がれた記録は過去だ。

今は過去になり、過去は今になる。

 

だから、「今」しかない。(事実認識と、かくあるべし、という2つの意味合いで)

 

そして今この瞬間に、世界中で同じ今を生きている数え切れない生命・事物に想像を巡らせた時、想像力の中で今は空間をも超える。

だから知性さえあれば今この時、私は時空を超えることが出来る、と信じる。

 

一瞬しかない。

一瞬しかない。

 


松崎ナオ / 川べりの家