尾燈去ル

生きるための記録。

熊野古道縦走(大雲取越・小雲取越・小辺路) <上>

国家試験も終わり、合格発表を待つ期間を利用して前々から行きたかった熊野古道へ行って来た。

熊野古道と言っても色々なルートがあるが、今回は那智の滝を出発して熊野本宮大社を経て(大雲取越・小雲取越)、更に熊野本宮大社から高野山を目指した(小辺路)。

1日目

青春18切符を使って、早朝6時30分に家を出て半日。新宮駅に到着した。

いつもの旅のように気が進まなかった旅立ちも、特急列車に乗り、紀伊半島沿岸へやって着たあたりから次第に気持ちが乗ってきた。己の奥底から湧き出る好奇心、そして自信。これまで何度も味わってきた感覚だ。

久しぶりの旅。懐かしい気持ち。

 

熊野速玉神社は、熊野三山の中でも最も早く熊野権現の称号を賜った『日本第一大霊験所』だという。

人は少ない。右足を引いた、肥えた一人の男性が本殿の方に向い一生懸命に手をこすりあわせる姿があった。

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浮島の森。同じく新宮市にある日本最大の浮島だそう。上田秋成の作品にも書かれているそうな。

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紀勢本線で新宮から6駅、那智勝浦にやってきた。夕刻ということもあってか、街はとても寂しかった。

実はここで、イルカの刺身を食いたいと思っていたのだけれど、残念ながらそのお店は定休日だった。

ちなみに自分は焼いたイルカは東北で食ったことがあるが、生のイルカは食ったことがない。何時か食いたい。

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結局那智勝浦では何もせず、さらに紀勢本線で2駅。太地町へやってきた。あのドキュメンタリー映画『ザ・ コーヴ』で有名になってしまった町だ。この日はこの町に泊まった。

居酒屋に併設した素泊まりの宿「民宿庄司」。すぐ隣には太地漁協スーパーがある。クジラ料理を買い込み、つまみに酒を飲む。

花ゴンドウの漬コロ・・・タンパク質そのものという感じの味。弾力があってゴムのような。単体ではちょっと厳しく、焼きそばに混ぜて食う。真ゴンドウのテッパ・・前者と似たような味だが、より脂の旨味が濃い。薄く切ってあり、これなら全然食えた。

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2日目

二日目からは、いよいよ熊野古道に入る。

5時55分起床。この日もまだ気が乗り切らない。残り4日か...と思う。歩くことを楽しむしかない、早く過ぎろ、と思う。まだ旅に没入しきれていない。

バス、電車を乗り継いで紀伊勝浦駅へ。紀伊勝浦駅から、那智大社への入り口にあたる大門坂へは更にバスを利用して、20分程度の道のり。

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御朱印を頂きながら那智大社青岸渡寺・大滝神社を足早に参詣した。

幼い時父に連れられてきた那智大社は、かろうじて那智の滝に来たことを覚えていた。早朝ということもあり観光客はまばらで、滝を見ながらしばし物思いに耽った。ただの位置エネルギーを得た水が落ちるだけの光景に、どうしてここまで安らぐのかな、などと自然への全く幼児的な解釈をしながら、その威勢を感じた。

さて、歩き始めるか。

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9時53分に那智の滝を出発した。

まだオフシーズンということもあってか、古道を歩いてほとんど人に会うことはない。

11時45分、船見茶屋跡で昼食をとる。

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立派過ぎる地蔵茶屋休憩所を過ぎると、"ザ熊野古道"とでも言うような光景が続く。即ち、苔生した石畳とそこに居並ぶスギの木々という光景だ。山の中によく石畳をこんなにも綺麗に敷いたものだ、と感心する。とても歩きやすい。

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14時42分に越前峠。以後ずっと下り、16時30分小口集落に到着。

小口で唯一の商店と思われる南方商店で夕食etc買い出し。

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この日宿泊した「小口自然の家」は、予想以上に快適だった。どうやら、スポーツ少年団が合宿等に利用するのが目的の施設のよう。夕食は出ないが、頼むと翌朝お弁当を作ってくれる。

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この日は、よく体を休められた。